今回は、日々の心がけについて書いていきます。
ことあるごとに、知識をひけらかすおじさん、周りにいません?
「〇〇の車に乗ってる、〇〇を持ってる」
「コレは限定品で、 これはフランス産でうんぬん」
ここまで極端ではないですが、思い当たる方がいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
さて、自分は大丈夫でしょうか?
「え、こんなことも知らないの?」
同じようになってませんか?
知識がつくと、賢くなった気がする
洋服に限らず、仕事、スポーツ
色々なことを知れば知るほど、賢くなった気がしませんか。
ネットを調べれば、もはや調べなくてもSNSを眺めているだけで、色々な情報が流れ込んできます。
今まで知らなかったライフハックや、業界の裏側といったマニアックなところまで、早く、かつ無料で手に入れることができる時代です。
これは私もそうですが、新しい知識を得たら、誰かに自慢したくなります。
「へぇ~、知らなかったよ!すごいね!」
そう言われたいです。
なんだか少し自分が賢くなって、偉くなった気がしますよね。
こだわる自分が上に立っているような気がする
知識だけに限らず、こだわりの面でも同じことが言えると思います。
例えば、
ブランドの新作を持っている、とか
オーダーした洋服を着ている、とか
珍しいものを持っているとか
そういう「自分なりのこだわり」というものがある人ほど、
それを持っている、身につけていることで、なんだか少し人より偉くなった、高尚な人間になったと思うことがあります。
私自身もそうです。
サイズの合っていない、安価であろうダボダボのスーツを着ているおじさんを見て
「どうしてあの人はあんなにも見た目に気を遣わないのだろう」
とか
「誰かに習わなかったのかな」
とか思ってしまうことがあります。
その人はその人の生き方や考え方があるので、そこに首を突っ込むべきではないし、仮に知識がなくて、知らなかったのだとしても、下に見るようなことはあってはいけないと思います。
でも、気がつくとそうなっている。難しいものです。
知識をひけらかすような考えは、洋服に現れる
そのような思考になっている時、というのはある意味で周りが見えていない状態だと思います。
それは見た目、洋服の着こなしにも現れるものです。
例えば、
ビジネスの場なのに、貴金属がやたらジャラジャラしているとか
裏地が赤とか、やけに派手な、目立つ格好をしているとか
なんとなく鼻につくような雰囲気がします。
「俺はわかってるんだぜ!」と言わんばかりの雰囲気がプンプン漂うものです。
こだわりは、自分がわかるくらいでちょうど良い
私が日々気をつけていることは
「こだわりは、自分がわかるくらいでちょうど良い」という感覚を持つこと。
どんなに良い匂いの香水でも、つけすぎると香害になるように、
どんなに良いものでも、やりすぎは毒にもなり得ます。
例えば、私はスーツが好きで、仕事でスーツを着るときは、いつもネクタイを締めています。
ですが、私が住むのは田舎。
上着を着ているだけでも「背広なんて着てどこへ行くんだ?」と言われるような世界です。
そんなところで、派手なネクタイをしたり、柄物のチーフをさしたりすると、それはもはやおしゃれを通り越して、too muchになってしまいます。
結婚式の二次会のようなパーティーなら良いですが、仕事だとやりすぎてしまいます。
そういう着こなしは、やってる本人は気持ちいいですが、周りから見ると「この人はスーツを褒めてもらいたいのかな?」と感じてしまうかもしれません。
普通にしているだけでもかなり違いが出る
それじゃあせっかくこだわってるのにわかってもらえないじゃん
と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
その気持ちはよくわかります。
せっかく好きでやってるんだったら、とことんやりたいし、わかってもらいたい
と思うのはごく自然なことだと思います。
ひとつ想像していただきたいのですが

ほとんどの人がスーツにこだわりのない方ばかりの中で、
シンプルなネイビーのスーツにネイビーのタイ、手入れした茶靴を履く
それだけでもう十分すぎるくらいに格好良いはずです。
まとめ
いかがだったでしょうか。今回は、こだわりと、その表現のバランスについて書いてきました。
こだわりを持つことはとても大切で、素敵なことだと思います。
私は洋服や革靴が好きなので、SNSでも同じような方をフォローしています。
そんな中で、「これはちょっと日常としてはやりすぎなんじゃないかなぁ」
と感じるものもあります。
逆に、「これはすごくバランスが良くて格好良いなあ」と思うものがあります。
その違いってどういうところなんだろうな、
と私なりに考えてみたことが、この記事を書くきっかけになりました。
良いものの共通点として
「こだわりをこだわりと感じさせない自然さ」
「これ、いいものなんですよぉ〜!」と前面に出していないからこその説得力
というのが確かにあると感じます。
私自身、それをどうやったら出していけるのか、試行錯誤しているところですが、
きっとそれを考えているうちは、そうはならないんだろうなぁ
と思っています。
以上です。ありがとうございました。