今回は、私が最近思うことについて書いていきます。
私は洋服や革靴のことが好きになって10年近く経つのですが、最近思う事があります。
これ、終わりなくない?
これってファッションに限った話ではなくて、人生何事もそうなんですが、
上を知りたいという欲求と、知ってしまうと戻れないというジレンマがありますよね。
最近は、それをどうしても感じてしまうな
ということを考えています。
知らなかったら、どうなっていたんだろう
今着ている洋服を知らずに生きてきたら、どうなっていたんだろうな、
と考えるんですね。
もし、
「洋服なんて、着れればいい」と思っていたら。
「スーツは吊るしで十分」という気持だったら。
「革靴なんて痛いから嫌だ」と避けていたら。
「もっと旅行に行ったり、ライブ遠征をしたり、美味しいものを食べたりしていたんだろうか。」
「貯金がもっと貯まっていて、楽に生活をしていたんだろうか。」
そういうタラレバを考えてしまいます。
でも、知らなかったら今の日常はない
そんな事を思う一方で、全く正反対のことを考えることもあります。
「洋服に興味を持たなければ、そもそも妻とも出会っていなかったかもしれない。」
「今の性格になるきっかけに出会わなかったかもしれない。」
とか、今の私を形作るきっかけに出会わなかった可能性もあるな、とも思うんです。
「知らない方が幸せだった」かもしれない、けど
そんなふうに考えると、
知らない方が幸せだった
という言葉って難しいな、と感じるんですよね。
確かに、知らない方が今みたいに余計な事は考えなくても良いですし、こんなにファッションにお金をつぎ込む事はなかったはずです。
とはいえ、この楽しさを知らずに生きていくのも、なんだかんだでもったいない気もするんです。
知ったからこそ、出会えた縁もありますし、分かったこともあります。
どっちが幸せだと思うか、と聞かれると
「今のほうが幸せだよな」
と言い切ることができます。
人間は、「正当化」したい生き物だ
ここまで書いてきて、主語がデカいと怒られるかもしれませんが、
「人間というのは、今の自分の置かれた位置を正当化したい生き物だな」と感じます。
あのときこうしておけば…
という気持ちも大事ですが、そればかりでは前に進むことはできません。
「今の自分の選択は間違っていないんだ」
と思えることも、生きていく上で大切な事だと考えています。
まとめ
いかがだったでしょうか。今回は、最近の私が考えていることについて書いてきました。
最近は仕事でちょっと考えが煮詰まってしまうことが多くて、「これで良かったのかな」と感じる事が多かったのもあるんでしょうか。
洋服のこと、と思いながら書いたものの、あまりそこに言及できずにここまで来てしまいました。
洋服の話に戻ると、
実際のところ、「ここまで洋服のクオリティにこだわらなくても、生活するうえでは問題ないよね」という気持ちと
「いやいや、この高揚感こそ、日常に潤いを与えるものでしょ」
という気持ちが入り混じっている。
そんな状況です。
皆さんは、日頃の生活の中でどうやって折り合いをつけていますか?
コメントなどで教えていただけたら嬉しいです。
以上です。ありがとうございました。