田舎暮らしでクラシック。

30代から始める一生もののワードローブ作り

知らない方が幸せなのか?

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今回は、私が最近思うことについて書いていきます。

 

私は洋服や革靴のことが好きになって10年近く経つのですが、最近思う事があります。

 

これ、終わりなくない?

 

これってファッションに限った話ではなくて、人生何事もそうなんですが、

上を知りたいという欲求と、知ってしまうと戻れないというジレンマがありますよね。

 

最近は、それをどうしても感じてしまうな

ということを考えています。

 

知らなかったら、どうなっていたんだろう

今着ている洋服を知らずに生きてきたら、どうなっていたんだろうな、

と考えるんですね。

 

もし、

「洋服なんて、着れればいい」と思っていたら。

「スーツは吊るしで十分」という気持だったら。

「革靴なんて痛いから嫌だ」と避けていたら。

 

「もっと旅行に行ったり、ライブ遠征をしたり、美味しいものを食べたりしていたんだろうか。」

 

「貯金がもっと貯まっていて、楽に生活をしていたんだろうか。」

 

そういうタラレバを考えてしまいます。

 

でも、知らなかったら今の日常はない

そんな事を思う一方で、全く正反対のことを考えることもあります。

 

「洋服に興味を持たなければ、そもそも妻とも出会っていなかったかもしれない。」

 

「今の性格になるきっかけに出会わなかったかもしれない。」

とか、今の私を形作るきっかけに出会わなかった可能性もあるな、とも思うんです。

 

「知らない方が幸せだった」かもしれない、けど

そんなふうに考えると、

知らない方が幸せだった

という言葉って難しいな、と感じるんですよね。

 

確かに、知らない方が今みたいに余計な事は考えなくても良いですし、こんなにファッションにお金をつぎ込む事はなかったはずです。

 

とはいえ、この楽しさを知らずに生きていくのも、なんだかんだでもったいない気もするんです。

 

知ったからこそ、出会えた縁もありますし、分かったこともあります。

どっちが幸せだと思うか、と聞かれると

「今のほうが幸せだよな」

と言い切ることができます。

 

人間は、「正当化」したい生き物だ

ここまで書いてきて、主語がデカいと怒られるかもしれませんが、

「人間というのは、今の自分の置かれた位置を正当化したい生き物だな」と感じます。

 

あのときこうしておけば…

という気持ちも大事ですが、そればかりでは前に進むことはできません。

 

「今の自分の選択は間違っていないんだ」

と思えることも、生きていく上で大切な事だと考えています。

 

まとめ

いかがだったでしょうか。今回は、最近の私が考えていることについて書いてきました。

 

最近は仕事でちょっと考えが煮詰まってしまうことが多くて、「これで良かったのかな」と感じる事が多かったのもあるんでしょうか。

 

洋服のこと、と思いながら書いたものの、あまりそこに言及できずにここまで来てしまいました。

 

洋服の話に戻ると、

実際のところ、「ここまで洋服のクオリティにこだわらなくても、生活するうえでは問題ないよね」という気持ちと

「いやいや、この高揚感こそ、日常に潤いを与えるものでしょ」

という気持ちが入り混じっている。

そんな状況です。

 

皆さんは、日頃の生活の中でどうやって折り合いをつけていますか?

コメントなどで教えていただけたら嬉しいです。

以上です。ありがとうございました。